東京大学で行われた日仏民事責任法セミナーに参加して

実は先月、一橋大学でのブレーメン大学・ヘップ教授の講義に続いて、東京大学でも開催された「デジタル時代における民事責任法(La responsabilité civile à l’ère du numérique)」に出席してきました。

この講義では、4名のフランス人学者がそれぞれ担当し、AIが関与した実際の民事事件を1人1件ずつ紹介してくださいました。いずれも人々の生活に密接に関わるケースであり、とても勉強になったと同時に、日本におけるAI関連法の整備の遅れを強く実感させられました。

私はこの講義が、非常に具体的な事例まで触れていたので、内容の厚さに驚き、再度この講義を聞きたいと思うほど勉強になりました。

印象的だったのは、EU法に基づくものと各国の法律に基づくものの両方が示されながらも、共通して「主導は常に人間であるべき」という考え方が貫かれていたことです。講義の最後の質疑応答でも、「AIはあくまで人間が使うものであり、人間にとって有益に機能しなければならない」という姿勢がフランス人学者から明確に指摘されました。

一方で、興味深かったのは、一人の学者が「公平な立場に立てば、日本のように開発企業が主導する研究姿勢は羨ましい」と発言した点です。これは皮肉ではなく率直な意見として述べられたものでしたが、私自身としては、このような見方が出ること自体が、日常的にユーザー目線の民事法を徹底して重視していることの裏付けなのではないかと感じました。

実は当団体では海外の弁護士や学者らともやり取りを行っておりますが、この時のフランス人学者からも丁寧なご返信を頂き、恐縮しつつも大変励まされました。法律や法的問題に対して戦略的かつ実務的な視点をきちんと持ち合わせている点は、日本の学者との大きな違いを強く感じさせられました。守秘義務上、具体的な内容は公開できませんが、この対応差は私が以前から抱いていた「なぜ日本では、法的解決を真っ当に主導しようと考える学者が少ないのか?」という疑問をさらに大きくさせるものでした。日本人の意識の中には、裁判や法的解決がどこか「忌み嫌われること」あるいは「できれば避けたいこと」として遺伝子レベルで刻まれているのではないか、とさえ思いたくなるほどの差を感じました。

今回の講義を通して、私は法的問題に対して「戦略的かつ実務的に考える視点」の重要性を改めて実感しました。AIやテクノロジーの進展に伴い、日常生活に関わる民事事件も複雑化していく中で、法律を単なる理論として学ぶのではなく、実務やユーザー目線と結びつけて考えることがますます求められると感じています。

読者の皆さまにも、この講義から得られた学びを共有したいと思います。法律や裁判の手続きは遠く感じられるかもしれませんが、日常生活や社会活動に直結しているものです。自分の権利や社会での責任を意識することは、単なる知識以上に、より公正で安心できる社会を作る一歩になるのではないでしょうか。

ちなみに当団体の発起人は、アメリカ在住時にフランス・パリにも短期滞在したり、NYの大学では第二外国語としてフランス語を学んだり、フランスの大手企業で働いた経験もあり、フランスとは何かと縁が深いのですが、日本に帰国してからはフランス語を使う機会がすっかり減っていました。そんな中、今回フランス人教授とのやり取りを通して久しぶりにフランス語に触れることができ、学生時代を思い出してとても懐かしく感じました。

AI翻訳を駆使しながらも、久々のフランス語体験はちょっとしたタイムスリップのようで、楽しい経験でした。

NPO Don't Cry's Ownd

犯罪被害者が泣き寝入りをしない社会に! 法人設立を目標として、犯罪被害者にとって有益な情報交換の場や、被害から立ち直り少しでも健全な日常生活が送れるようサポートを出来る団体を目指しています。

0コメント

  • 1000 / 1000